動物天国オランダ オランダには犬猫の殺処分なんかずっと昔から存在しない。 飼えなくなった犬猫達が行く所は新しい飼い主の温かい胸の中  

「国家の偉大さや道徳的な進化の度合いは その国が動物をどのように扱っているかで判断できる」 マハトマ・ガンジー
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ここで生きることが闘い 富岡町の松村直登さん

つたがはびこる人気のない富岡の町。庭には腰のあたりまで雑草が生い茂っている。
牛小屋では餓死した牛たちが横たわっている。鶏舎はウジがたかり、吐き気をさそう悪臭が漂う。

原発立ち入り禁止地域で、政府の命令に反し、立ち去ることを拒否した農夫の松村なおと氏
(訳注:漢字は直人さんだと思いますが)は富岡市の唯一の住人である。
「癌にかかる可能性も考えたが、留まりたかった」
アキという名前のやせた犬がいつもそばにいる53歳の男性は言う。
「もし私があきらめて去ったら、それですべて終わりだ。とどまるのは私の責任であり、
私はここに留まる権利がある」

政府に反抗することがまれであり、皆の意見の一致を何よりも大切にする国において松村氏は異端である。
彼の静かな抵抗は沈黙を守る何万人もの原発難民のジレンマに非常に大きなインパクトを与える。

松村氏は置き去りにされた動物たちの面倒を見ている。

「私達はすでに忘れ去られています。
日本の被災地以外の地域の人たちはもう自分たちの日常に戻ってしまった。
私達のことはなるべく考えないようにしているのだろう」

市役所は安全な場所に移され、住民たちは仮設住宅に移るか、どこかへ引っ越してしまった。
町は警察のバリアで封をされ、人間が住むには危険な場所だと公的に示されている。
警察官は毎日見回りをしている。
法的には立ち入り禁止区域にいる人間は誰でも拘留され、罰金を払わせられることになっている。

しかし警察は松村氏のことを見てみぬふりをするということだ。過去には警官とは数回衝突したこともあったが。
残っている人たちは何人かいたが、数週間前に最後の人間が出て行った。松村氏に猫を託して。

古いモーターを使って電気をおこし、水は井戸からくみ上げている。缶詰か魚を釣って食べる。
一ヶ月に一度か二度町に出て必要なものをもらってくる。見捨てられた犬や猫たちの世話もする。
狼に似たアキも。

何回か東京にいって政治家にも進言した。

「なぜ私がここにとどまっているのか。牛を置き去りにして死なせることがどんなにひどいことか。
家族の墓も守らなければならないと。しかし彼らは私の言うことなぞ聞いちゃいない。
そんなとこにいるほうが悪いというだけでした」

松村氏は一度だけ町を出たことがある。しかしそれは彼が村に留まる決意を一層強めることになっただけだった。
「親戚のところにも行ったが私が放射能をあびていると恐れ、中にいれてくれなかった。
避難所にも言ったが満員だった。これで私は十分にもとの場所に戻る理由ができた」

松村氏は100万円の弁償金をもらった。農夫としての収入に比べればずっと少ない。
原発が安定するまで先の保障はないそうである。

第二次大戦で降伏を拒んでジャングルの中にいた日本兵士を自分になぞらえる。
雨が激しくふってきた。多い茂った山を降りて水田に足を運ぶ。穂をつまんでため息とともに溝へ投げる。
今年は水田からは金はできない。もしかして一生できないかもしれない。

「最初は一人でいるのが奇妙だったが、とどまろうと決心したよ。もう慣れてきたしね」

 
アキと村松氏

この記事は 2011・09・20のもの。
そして 現代は



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